2021/6/16

相続放棄をする前に~相続放棄の注意点とその影響~

「相続」と聞くと、現金、預金、土地や家などの不動産、株といった有価証券などを引き継ぐことを想像すると思いますが、そのようなプラスの財産だけでなく、借金などマイナスの財産も引き継ぐことになります。
 
プラスの財産が多ければ、マイナスの財産が少しあっても深刻な影響はないと思いますが、もしも、マイナスの財産のほうが多かったり、マイナスの財産しかないような場合には、相続することでご自身の財産の中から借金の返済をしなければならなくなるケースも出てくることでしょう。
 
そのような場合に有効な手段の一つとして利用されているのが「相続放棄」です。
 
  
 
 
 
 
相続放棄をする前に~相続放棄の注意点とその影響~
 
 
 
目次
1.相続放棄とは
2.相続放棄の注意点
3.相続放棄による影響
4.相続放棄をする前に
 
 
 
1.相続放棄とは
 
 
「相続放棄」とは家庭裁判所に申述をして、それが認められることにより「最初から相続人でなかった」として扱われる法的な手続です。
 
この手続によって、遺留分を含めた相続人としての権利と義務をすべて失い、亡くなった人の資産や負債を一切承継しないことになり、主に次のような場面で利用されています。
 
 
① 相続財産に多額の借金が含まれている場合
預金や土地などのプラスの財産よりも借金といったマイナスの財産が多いことが判明している、あるいはマイナスの財産しかないような場合には、その負担から免れるために利用されることがあります。
 
 
② 遺産を分散させたくない場合
例えば、被相続人である父が営んでいた事業を子の1人が引き継ぐことになり、事業用の財産が分散されるのを防ぐために他の相続人が相続放棄を利用するといった場合です。
 
 
③ 他の相続人と関わりたくない場合
相続人同士が疎遠であったり、不仲であるなどの事情で、相続の手続について一切関わり合いを持ちたくないといった場合です。相続放棄をすれば、最初から相続人でなかったことになり、また相続放棄は単独で可能な手続であることから、この手続を利用して相続の煩わしさから解放されたいといった需要もあるようです。
 
 
 
2.相続放棄の注意点
 
 
相続放棄を検討する際には、以下のような点に注意が必要です。
 
 
① 期間制限がある
相続人は、自己のために相続が開始したことを知ってから3ヶ月以内に、「単純承認」「限定承認」「相続放棄」という相続方法のうちのいずれかを決めなければいけません。各相続方法の内容は次のとおりです。
 
 
・単純承認・・・相続人が被相続人の土地の所有権等の権利や借金等の義務をすべて受け継ぐ
 
・限定承認・・・被相続人の債務がどの程度あるか不明であり,財産が残る可能性もある場合等に,相続人が相続によって得た財産の限度で被相続人の債務の負担を受け継ぐ
 
・相続放棄・・・相続人が被相続人の権利や義務を一切受け継がない
 
 
3ヶ月の期間内に相続放棄も限定承認もしなかった場合は、単純承認として、プラスの財産もマイナスの財産もすべて相続をしたことになります。
 
この3ヶ月の期間内に相続人が相続財産の状況を調べても、なお、単純承認、限定承認又は相続放棄のいずれをするかを決定できない場合には、家庭裁判所は、申立てによりこの3ヶ月の期間を伸長することができます。ただし、この申立ても相続の開始を知ってから3ヶ月以内に行わなければならない点には注意が必要です。
 
なお、この3ヶ月の期間を過ぎてしまった場合に、絶対に相続放棄ができないかといえば、実はそういうわけではありません。特別な事情がある場合には、例外的に相続放棄が認められることもありますので、必ずしも諦める必要はありません。
 
 
② 家庭裁判所に申立てをする
相続放棄と似たような言葉に「財産放棄」「遺産放棄」「相続分の放棄」というものがありますが、それらの多くは、相続人同士の話し合いで「わたしは財産を相続しません」と決めた場合の手続のことを指しています。
 
「自分は財産はいらないので他の相続人に全財産を相続してもらって構わない」と考えて、遺産分割協議書にその内容を記載したとしても、法律上は相続人であることに変わりはありません。もし、相続財産の中に借金などマイナスの財産がある場合には、借金の返済を求められることになりますし、仮に「借金を相続しない」ということを遺産分割協議書に明記していたとしても、債権者の承諾がなければその話し合いの内容は相続人同士での内部的な約束にすぎず、債権者には通用しません。
 
相続放棄をするためには家庭裁判所へ相続放棄の申立てをする必要があり、その結果、相続放棄受理通知書が届きましたら相続放棄が認められたことになります。
 
これにより、債権者から借金などの返済を求められても、支払う必要がなくなります。
 
 
③ 法定単純承認の存在
相続が開始したら、相続人は「単純承認」「限定承認」「相続放棄」の3つからいずれかを選択することになりますが、これらの選択をしなくても「一定の事由」に該当すると自動的に単純承認をするものとして扱われてしまう場合があります。この「一定の事由」のことを「法定単純承認事由」といい、これに該当すると相続放棄が認められなくなってしまうおそれがあります。法定単純承認事由としては、上記のような期間制限内に家庭裁判所に申立をしなかった場合や、相続放棄前に相続財産を処分したような場合が挙げられているほか、相続放棄後であっても、相続財産を処分したり隠匿したりするなど、その後の行動によっては相続放棄をしたことが認められなくなる場合があります。
 
 
④ 相続放棄は撤回できない
一度、相続放棄をすると、原則として撤回や取り消しはできません。後になって多額の財産があることが分かっても相続放棄をなかったことにはできないため、可能な限り相続財産の内容を把握したうえで相続放棄をするかどうかを検討したほうがよいでしょう。
 
 
 
3.相続放棄による影響
 
 
無事に相続放棄をすることができたとして、そのことで何か影響を及ぼすことがあるのでしょうか。ここでは3つほど説明します。
 
 
① 相続税の基礎控除の計算
相続税は基礎控除額を超えた相続財産に対してかかり、基礎控除額は「3,000万円+600万円×法定相続人の数」で計算します。相続放棄をすると法律上「最初から相続人でなかった」ものとして扱われますので、相続放棄をした者がいると基礎控除額計算の際の法定相続人の数から差し引かなければならないように思えます。
 
しかし、基礎控除額の計算においては、相続放棄をした者がいた場合でも「相続放棄はなかった」ものとされるため、相続税の基礎控除額は変わりません。
 
 
② 生命保険金の取扱い
被相続人が生命保険に加入しており、その受取人として特定の相続人が指定されているという場合、原則として、生命保険金は受取人として指定された者の固有財産と評価され、相続財産には含まれないと考えられています。したがって、この生命保険金は、受取人指定されている相続人が被相続人の相続を放棄したとしても、自身の権利として支払いを受けることができます。しかし、税務上は生命保険金を相続財産とみなし、課税対象となりますので、気になる場合には税理士への相談を検討しましょう。
 
なお、被相続人が生命保険の受取人として自分自身を指定している場合、保険金支払請求権は被相続人の財産ということになりますので、相続の対象となります。そのため、相続放棄をした相続人は、当該保険金に対する相続分を失うことになります。
 
 
③ 次順位の相続人
法律で決まっている相続人の範囲には次のように順位が定められています。
 
・第1順位・・・直系卑属(子や孫)
 
・第2順位・・・直系尊属(父母や祖父母)
 
・第3順位・・・兄弟姉妹
 
なお、配偶者は常に相続人となります。
 
例えば、被相続人である親に多額の借金があった場合に、配偶者や子が相続放棄を利用するときは、一部の人だけが相続放棄をすることはあまり考えにくく、全員で行うことが一般的です。ここで、配偶者や第1順位の相続人である子全員の相続放棄が受理されると、次順位の相続人である直系尊属に相続権が移ることになり、もし、その後、相続人である直系尊属全員が相続放棄をした場合にはさらに次の順位である兄弟姉妹に相続権が移ることになります。裁判所からは相続放棄があったことの連絡があるわけではないので、相続放棄を考えている場合は、他の相続人に迷惑をかけないように、事前または事後に連絡をするなどの配慮も必要です。
 
 
 
4.相続放棄をする前に
 
 
相続放棄をすると、相続人ではなくなり一切の財産を引き継ぐことができなくなります。相続財産の中に個人的に思い入れのあるものがあっても、相続放棄をすれば受け取ることはできなくなります。安易に相続放棄を選択して後悔しないよう、資産や借金の額といった客観的な要素だけでなく、相続財産に対する愛着や思い入れの有無など主観的な要素も含めて、よく考えてから判断しましょう。