2021/7/4

尊厳死宣言公正証書をご存じですか?

回復の見込みのない末期症状に至った場合、現代医学と科学技術がもたらした過剰な延命医療を差し控え、死期を引き延ばすことなく、人間としての尊厳を保ちつつ死を迎えることを、医療従事者や家族に対して宣言することを尊厳死宣言と言います。
 
しかし、たとえ尊厳死を希望していたとしても、何の準備もしていない場合、実際に延命治療を受ける場面でその意思を伝えることは難しいでしょうし、また、尊厳死宣言書を準備していたとしても、その意思が本当に本人のものなのかどうかの確証が得られなければ、希望を実現することは困難になります。
 
そこで、尊厳死を希望する場合おいて、その実現性を高める方法として「尊厳死宣言公正証書」というものがあります。
 
 
 
 
尊厳死宣言公正証書をご存じですか?
 
 
目次
1.尊厳死とは
2.尊厳死宣言公正証書とは
3.尊厳死宣言公正証書の内容
4.尊厳死宣言公正証書を作成する際の留意点
 
 
 
1.尊厳死とは
 
 
「尊厳死」とは、一般的に「回復の見込みのない末期状態の患者に対して、生命維持治療を差し控え又は中止し、人間としての尊厳を保たせつつ、死を迎えさせることをいう。」と解されています。
 
近代医学は、患者が生きている限り最後まで治療を施すという考え方に忠実に従い、生かすべく最後まで治療を施すことが行われてきました。確かに、延命治療に関する医療技術の進歩は、たくさんの重症患者の救命を可能にしましたが、一方で、行き過ぎた延命措置はただ生物学的に生きているだけという患者を生み出す事にもなりました。
 
そのような中で、単に延命のためだけの治療が果たして患者の利益になっているのか、むしろ患者を苦しめ、その尊厳を害しているのではないかという問題認識から、患者本人の意思(患者の自己決定権)を尊重するという考えが重視されるようになりました。
 
もし自分が回復の見込みがない末期状態に陥ったときには,機械に生かされているだけの状況を回避したい,また,過剰な末期治療による家族への精神的経済的な負担や公的医療保険などに与える社会的な損失を避けたいという考えから、尊厳死を望むことも自己決定権の一つです。
 
なお、似たような概念に「安楽死」という言葉がありますが、こちらは、もはや回復の見込みを望めなくなった場合に、怪我や病気の苦痛から解放されるため、安らかな死を選ぶことを言い、この際、死を早めるために人為的に医療的な措置を行うこともあります。
 
いずれも寿命をのばすための延命治療を放棄するという点では同じですが、尊厳死はあくまで自然に尽きる寿命を変えずに、残りの人生を自分らしく生きる選択です。それに対し安楽死は、残りの寿命を直接縮めるという選択となります。
 
 
 
2.尊厳死宣言公正証書とは
 
 
「尊厳死宣言公正証書」とは、本人が自らの考えで尊厳死を望むことの宣言をし、公証人が直接本人の意思を確かめて、その結果を公正証書にするものです。
 
公正証書とは、公証役場という全国にある役所にいる公証人が作成した文書で、遺言書などの重要な文書を作るときに利用することがあります。公正証書は、公証人が当事者の本人確認、意思確認をした上で作成するため、その文書が真正に成立したことについての強い推定が働く、非常に信頼性のある文書です。
 
尊厳死宣言公正証書を作成する意義は、末期状態となった段階では自己の治療方針についてもはや希望を表明できない本人に代わって、あらかじめこの公正証書を託された第三者により、尊厳死の意向を医療関係者らに伝えることができることにあります。
 
 
 
3.尊厳死宣言公正証書の内容
 
 
「尊厳死宣言公正証書」を作成する場合、現実に即して次の内容を盛り込むことが一般的です。
 
 
① 尊厳死の希望の意思表明
延命治療を拒否して、苦痛を和らげる最小限の治療以外の措置を控えてもらい、安らかな最期を迎えるようにして欲しいという希望を明示します。
 
 
② 尊厳死を望む理由
尊厳死を希望する理由を記載することで、家族や医療関係者への説得力が増します。
 
 
③ 家族の同意
宣言書を作っても、家族が延命措置の停止に反対したら、医師はそれを無視できません。宣言書を作成する前に家族と話し合い、同意を得た上で、その同意についても記載することが大切になります。
 
 
④ 医療関係者に対する免責
家族や医療関係者らが法的責任を問われることのないように、警察、検察等関係者に対する配慮を求める事項を記載します。
 
 
⑤ 宣言内容の効力
この宣言書は、心身ともに健全なときに作成したことと、自分が宣言を破棄・撤回しない限り効力を持ち続けることを明確にしておきます。
 
 
 
4.尊厳死宣言公正証書を作成する際の留意点
 
 
自己決定権に基づく患者の指示が尊重されるべきものであるとしても、尊厳死宣言がある場合に、医療現場では必ずそれに従わなければならないわけではありません。また、現状、日本には尊厳死についての法律がありませんので、過度な延命治療にあたるかどうかの判断に医師に委ねることになることを考慮すると、尊厳死宣言公正証書を作成した場合にも、必ず尊厳死が実現するとは限りません。
 
ただ、尊厳死の普及を目的している日本尊厳死協会の機関誌「リビング・ウィル」のアンケート結果によれば、同協会が登録・保管している「尊厳死の宣言書」を医師に示したことによる医師の尊厳死許容率は、近年は9割を超えているという結果もあります。
 
いずれにしろ、尊厳死を迎える状況になる以前に、担当医師などに尊厳死宣言公正証書を示す必要がありますので、信頼できる人に前もって宣言書を渡し、万一のときは必ず医療関係者に渡すようにお願いしておくことが良いと思われます。