2021/7/20

死後事務委任契約とは

人が亡くなると、実に様々な事務手続を行うことが必要になります。医療費や老人ホームなどの施設利用料の支払い、葬儀や埋葬、遺品整理といった住居の片付けや引渡し、役所への届出などのほか、近年ではSNSでの死亡の告知、アカウントの削除などといった事務手続も課題になっています。
 
通常であれば、身内や親族が行ってくれるような手続ですが、近くに家族や親戚がいなかったり、あるいは家族も高齢で不安があるなどの事情で、自分の死後の事務手続を任せることができないということもあります。こういった場合に有効な手段のひとつとして死後事務委任契約があります。
  
 
 
 
 
 死後事務委任契約とは
 
 
目次
1.死後事務委任契約とは?
2.死後事務委任契約のポイント
3.任意後見契約などの契約や遺言との組み合わせ
4.おわりに~事前の準備が大事~ 
 
 
1.死後事務委任契約とは?
 
 
死後事務委任契約とは、委任者が受任者に対し、葬儀や埋葬、その他の事務手続についての代理権を与え、死後の事務を委託する委任契約のことです。
 
委任契約というのは、原則として、委任者の死亡によって終了するものですが、当事者の契約で「委任者の死亡によっても契約を終了させない」という合意をすることもできます。この合意をすることで、自分の死後も、受任者が死後事務委任契約に記載された事務を行うことができるようになります。
 
 
(1)遺言との関係
 
自分の死後に関する書面の一つに遺言がありますが、遺言では、もっぱら財産に関する事項にしか法的拘束力がありません。
 
死後に行うことになる事務手続については、遺言では付言として述べることはできても、それには法的拘束力がないため、遺言者の希望が実現できるとは限りません。
 
そこで、葬儀や埋葬、相続についての希望をより確実に実現するために、遺言で祭祀の主宰者を指定したり、遺言執行者を指定して、その執行者と死後事務委任契約を締結するといった方法が考えられます。さらに付け加えると、遺言者の生前に遺される方々に対して遺言者の希望をお伝えし、実際に葬儀を行うことになる人々との話し合いや準備をしておくことも大切です。
 
 
(2) 任意後見との関係
 
判断力が衰えた場合の財産管理など、生活をサポートしてくれる人を選任する制度として成年後見制度や任意後見契約というものがあります。しかし、成年後見や任意後見契約は本人の死亡と同時に契約が終了するため、後見人には葬儀や遺品整理など、死後の手続を一括して頼むことはできませんし、行う権限もありません。
 
平成28年10月に「成年後見の事務の円滑化を図るための民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律」が施行され、成年後見人は成年被後見人の死後事務の一部を行えることが明確化されたものの(民873の2)、この法律を根拠として成年後見人は成年被後見人のために葬儀や埋葬などを行うことはできず、また、この法律は任意後見には適用されないため注意が必要です。
 
 
 
2.死後事務委任契約のポイント
 
 
死後事務委任契約は、その性質上、依頼する方が亡くなった後に開始される手続です。誰かに死後事務を依頼する際には、きちんと希望に沿う形で手続を進めてもらえるよう、次のような点に気を付けることが望ましいでしょう 。
 
 
(1)死後事務の内容
 
死後事務委任では、さまざまな事務手続を委任することができます。
 
下記は委任する事務の一例ですが、これ以外の内容も委任することが可能ですし、下記の内容のうち一部のみを委任することも可能です。
 
・死亡診断書・死体検案書の受取り
・役所への死亡届の提出
・病院等の退院手続と精算
・葬儀・火葬に関する手続
・埋骨・散骨等に関する手続
・お墓に関する手続
・賃貸住宅料の支払いと物件引渡しまでの処理
・遺品整理
・健康保険証・運転免許証・パスポート・各種資格等の返却等の手続
・公共料金・住民税等の支払
・クレジットカード・電子決済サービス等の精算・解約手続
・SNS等のインターネットサービスの死亡告知・残置・消去・解約等の手続
 
死後事務は、委任した人(委任者)が亡くなった後に行う事務なので、死後事務を行うことになった後に委任者の意思を確認することはできません。そのため、委任事項は可能な限り明確に、かつ、詳細に決めておくことが大切です。
 
 
(2)死後事務を委任する相手
 
死後事務委任契約の相手は、自由に選ぶことができますので、専門家に限らず、知人・友人などでも受任することが可能です。
 
ただし、委任した事務が行われるのは自分の死後であるため、委任したとおりに実行してくれているのかを確認することができない、という点には注意が必要です。そのため、信頼のおける人であるとともに、手続を間違いなく行うことができる人を選ぶべきでしょう。
 
また、手続の中には慣れていないと難しいものもあるため、知人・友人などに委任する場合には、過度に負担がかからないように配慮することも必要だと思われます。
 
 
(3)契約の要式
 
遺言のように厳格な要式を要求されていないので、どのような形式の契約書を作成しても構いませんが、委任者が本当に自分の意思で作成したことについての信憑性を高めるためには、公正証書で作成することが望ましいでしょう。
 
 
(4)受任者への連絡
 
死後事務を委任された方(受任者)は、委任者が亡くなったら即座に対応しなければなりません。そのため、受任者は、委任者の状態を知っている必要があります。
 
このため、特に委任者が独り身である場合などには、死後事務委任契約に「委任者の健康状態を定期的に確認する」条項を入れたり、あるいは、本人と定期的に連絡して健康状態や生活状況を確認する「見守り契約」を併せて契約することを検討する必要があるでしょう。
 
 
(5)費用や報酬の支払い
 
死後事務委任契約に関する費用には様々なものがあり、またその金額も委任する死後事務の内容や依頼する相手によって変わってきます。特に専門家に依頼する場合には、専門家に対する報酬が必要になりますので、委任する死後事務の内容や依頼する相手についてはよく検討することが必要です。
 
なお、費用としては次のようなものがあります。
 
・公正証書で契約書を作成する場合の公証役場に支払う手数料
・死後事務を行う際に発生する実費
・専門家に依頼する場合の報酬(契約書の作成や死後事務の履行に対する報酬など)
 
そして、このような費用や報酬の支払いについては、遺産から支払う方法と、あらかじめ預託しておく方法などがあります。
 
遺産から支払う方法は、委任者の遺産の中から死後事務にかかった費用を清算する方法で、これにより、高額な契約金や預託金を事前に預けておく必要がなくなる一方で、死後事務に必要となる費用については自身で管理しなければならず、遺産として残された金額が死後事務を実行するために必要な金額から不足してしまった場合にはご自身の希望する事務が行われなくなるリスクがあります。
 
預託しておく方法は、死後事務に掛かる費用をあらかじめ信託銀行や受任者等に預けておく方法で、死後事務にかかる費用は預かり金の中から清算します。一時的に高額な出費となるものの、預託した後は自身で管理する必要はなくなります。もちろん、預託を受けたお金はあくまでも委任者のものですので、受任者は自分の財産と分けて管理を行います。ただし、預託した相手によっては定期的な手数料を支払うことになる場合もあるため、注意が必要です。
 
いずれの方法を利用するにしても、死後事務委任契約にかかる費用は高額となる場合が多いため、後日のトラブルを回避するためにも、死後事務委任契約書には報酬金額、支払時期や支払方法などを明確に記載しておくことが必要です。
 
 
(6) 親族への配慮
 
人が亡くなると、その人に関する一切の権利義務は、相続人に承継されます。当然、葬儀や遺品整理、財産の帰属は相続人にとっても非常に大事なことです。たとえ死後事務の委任が本人の意思に基づくものであったとしても、それが相続人の意向に反する内容である場合にはトラブルになるおそれがあるので、親族がいる場合はあらかじめ親族の同意を得ておくなどの配慮も必要だと思います。
 
 
 
3.任意後見契約などの契約や遺言との組み合わせ
 
 
死後事務委任契約は、その名のとおり、自身の死後に必要な手続を依頼することです。この契約によって、自分が亡くなった後のことについては安心することができたとしても、その時点では、まだその後も人生は続きます。その間、ずっと健康で過ごせることができれば、それに越したことはありませんが、もしかすると認知症になってしまって、自分では財産の管理やそのほかの様々な手続きができなくなることも考えられます。そのような場合に備えて、死後事務委任契約だけではなく、任意後見契約を結んでおくということも考えられます。
 
また、前述のとおり、死後事務委任契約の受任者は、即座に対応できるよう委任者の状態を知っておく必要がありますし、委任者としても定期的に受任者と連絡を取り合い、健康状態の確認等を行ってもらいたい場合もあるでしょう。そのような場合には、見守り契約も併せて契約しておくことがよいかもしれません。
 
また、認知症というほどには判断能力が低下していなくても、病気などで財産管理ができない場合は、財産管理等委任契約を結んでおくという方法もあります。財産管理契約とは、自分の財産管理や生活上の手続の全部または一部を他人に任せるという契約です。任意後見契約を締結していたとしても、本人の判断能力が十分なうちは後見人に財産管理を任せることはできませんので、その前の段階から財産の管理等を委ねておきたいという場合には有効です。
 
さらに、死後の財産承継について特に希望がある場合には遺言を残しておくことを忘れないようにしましょう。
 
このように、死後事務委任契約の締結を考えるときには、他の契約もセットにして総合的な準備をしておくことが望ましいでしょう。
 
ただし、各契約や遺言をセットで契約する際には、それぞれの内容に矛盾が生じないよう注意が必要です。
 
 
 
4.おわりに~事前の準備が大事~ 
 
 
最初に述べたとおり、死後事務の内容は非常に多岐にわたります。
 
専門家に依頼すれば、その分費用がかかるでしょうし、知人や友人に依頼する場合には大変な負担をかけてしまうことにもなりかねません。もし死後事務を誰かに託すのなら、なるべくその負担を減らしてあげるような配慮が必要になると思います。
 
使っていないような銀行口座を解約する、必要のない会員契約は退会しておく、ログインしないようなSNSはアカウントを削除する、死後に行ってもらう事務であっても、事前にできる準備だけはしておく、など生前にやっておけることはあるはずです。
 
必要のない手間や費用、負担をかけないためにも、生前のうちにできるだけご自身で整理をしておくことも大事だと思います。