2021/8/9

休眠担保権の抹消手続

2022.07.17更新
 
登記記録(登記簿)を見ていると、明治・大正・昭和初期に設定された古い時代の抵当権の登記が抹消されずにそのまま残ってしまっていることがあります。その内容を見ると、例えば、債権額が10円、100円となっていたり、利息や損害金が日歩2銭となっていたり、あるいは、抵当権者が金融機関ではなく、物件所在地の近所に住んでいたと思われる個人であったりと、少し歴史を感じさせる内容であることが多いように思います。
 
ところで、そのような担保権は、もはや担保としての機能は有していないことがほとんどではあるのですが、登記簿上に残っている限り無視することはできず、かといって、自動的に抹消されるわけでもありません。
 
今回は、そのようないわゆる「休眠担保権」の抹消手続について説明します。
 
 
 
 
 
休眠担保権の抹消手続
  
 
目次
1.休眠担保権とは
2.休眠担保権の問題点
3.休眠担保権の抹消手続
 (1)除権決定による抹消
 (2)弁済証書による抹消
 (3)判決による抹消
 (4)弁済供託による休眠担保権の抹消
4.終わりに
 
 
 
1.休眠担保権とは
 
 
担保権によって保証される債権(被担保債権)の弁済期から長期間が経過したにもかかわらず、担保権が実行されることなく放置されている担保権のことを、一般に「休眠担保権」といいます。
 
 
 
2.休眠担保権の問題点
 
 
登記記録(登記簿)に休眠担保権が抹消されずに残されていても、日常生活において特別な支障があるわけではありません。しかし、例えば、不動産取引において抵当権などの担保権が設定されている不動産を売却したり、融資を受けるための担保にしたりするには、その前提として登記記録(登記簿)から担保権を抹消することが通常であるため、たとえその担保権が休眠担保権といわれるものであったとしても、抹消しないまま処分することは困難となります。
 
 
 
3.休眠担保権の抹消手続
 
 
担保権の抹消登記を申請する場合、原則として、担保権が設定されている不動産の現在の所有者(登記権利者)と担保権者(登記義務者)が共同して行わなければなりません。したがって、まずは担保権者(亡くなっている場合は、その相続人)の行方を調査し、その所在が判明した場合には、その担保権者や相続人に事情を説明し、登記義務者として抹消登記申請に協力してもらうことになります。
 
担保権抹消登記について担保権者の協力が得られないときや行方が知れないときは、以下の方法により、不動産所有者による単独での抹消登記の申請が可能かどうか検討することになります。
 
 
(1)除権決定による抹消
 
登記義務者(担保権者)の所在が知れないため共同申請ができない場合は、登記権利者(所有者)は裁判所に公示催告の申立を行い、除権決定を得たうえで、単独で当該登記の抹消を申請できる制度です。
 
ただし、公示催告の申立をするためには、担保権者の所在不明および担保権の消滅を裁判所に証明する必要があり、あらゆる調査を尽くしたが所在が判明しなかった場合でなければ所在不明とは認めてもらえないことや、そのほか、担保権の消滅を証明するためには弁済証書など証拠書類が必要となることや官報による公告の時間がかかることに注意が必要です。
 
【令和5年4月1日施行】令和3年不動産登記法改正による「登記義務者の所在が知れない」場合の要件緩和

上記のとおり、公示催告の申立をするには、担保権者の所在が不明であることを証明しなければなりませんが、具体的には、転居先不明等により還付された登記記録上の住所宛ての郵便物、近隣住民からの聴取結果等を含めた調査報告書等の提出を要するなど、相当な手間がかかります。しかし、公示催告及び除権決定の手続は、そもそも登記されている権利が実体法上不存在又は消滅しているにもかかわらず、登記義務者の所在が知れない場合に、形骸化した登記の抹消を申請するために設けられたものであることなどからすれば、「登記義務者の所在が知れない」との要件について、過度に厳格な立証を求める必要はないとも考えられます。

そこで、登記義務者の所在が知れないケースに関してより幅広く登記の抹消手続の簡略化を図るために不動産登記法が改正され、抹消しようとする登記が地上権、永小作権、質権、賃借権若しくは採石権に関する登記又は買戻しの特約に関する登記であり、かつ、登記された存続期間又は買戻しの期間が満了している場合において、相当の調査が行われたと認められるものとして法務省令で定める方法により調査を行ってもなお共同して登記の抹消の申請をすべき者の所在が判明しないときは、その者の所在が知れないものとみなして、公示催告の申立ができるようになりました(改正不動産登記法70条第2項)

上記の「相当の調査」については、今後、法務省令で具体的な内容が定められることになりますが、例えば、登記簿上の住所における住民票の登録の有無やその住所を本籍地とする戸籍や戸籍の附票の有無、その住所に宛てた郵便物の到達の有無等を調査し、転居先が判明するのであればこれを追跡して調査すれば足りるものとし、現地調査までは不要とする考え方が示されています。
 
 
(2)弁済証書による抹消
 
登記義務者が行方不明のため、共同申請ができない場合は、登記権利者は担保権の被担保債権が消滅したことを証する情報(弁済証書など)を提供することによって、単独で担保権抹消登記を申請できる制度です。
 
被担保債権を返済して担保権が消滅していることを証明できる弁済証書などの書類を所持している場合は利用できる制度です。このほか、登記義務者が所在不明である旨の資料も必要となります。
 
 
(3)判決による抹消
 
登記義務者を被告として訴えを提起し、登記の抹消手続を命じる判決を得ることで、登記権利者が単独で登記申請ができます。
 
注意点としては、裁判には少なくとも数カ月単位の時間が必要となることや、相手方が行方不明の場合には公示送達という手続をとる必要があります。
 
公示送達とは

相手方を知ることができない場合や、相手方の住所・居所がわからない人、相手方が海外に住んでいてその文書の交付の証明が取れないときなどに、送達しなければならない書類をいつでも交付する旨を、一定期間、裁判所の掲示板に掲示することによって、送達があったものとみなす手続です。
 
 
(4)弁済供託による休眠担保権の抹消
 
登記義務者が行方不明のため、共同申請ができない場合は、被担保債権の弁済期から20年が経過し、かつ20年経過後に被担保債権の元本、利息、損害金の全額の金銭を供託することによって、登記権利者が単独で担保権抹消登記を申請できる制度です。
 
この方法を利用するには、以下の条件を満たすことが必要です。
 
 
① 抹消すべき登記が、先取特権、質権又は抵当権であること
譲渡担保権や元本確定前の根抵当権などは対象となりません。
 
 
② 登記義務者(担保権者)の所在が知れないこと
「所在が知れない」とは、担保権者の住所や居所を知らなくても、勤務先に勤務していることなどを知っている場合には、「所在が知れない」には該当しないとされています。
 
また、「所在が知れない」といえるためには、住民票や戸籍簿の調査、官公署や近隣住民からの聞き込みなど、相当の手段を尽くしてもなお、不明である場合とされています。
 
なお、登記義務者が法人の場合には、登記簿がすでに廃棄されていて何らの登記記録も残っていない場合に「所在が知れない」とされます。法人自体が解散して存在しないないとしても、閉鎖登記簿等が取得できる場合には、この方法は利用できません。このような場合には、法人の清算人の行方を調査したり、裁判所に清算人の選任申立てをしたうえで、その清算人との共同申請をするか、あるいは担保権者である法人を被告として担保権の抹消登記手続を求める訴えを裁判所へ提起し、その際、法人の代表者(清算人等)が死亡しているなど不明な場合は、法人の特別代理人を裁判所で選任してもらったうえで裁判をして、その勝訴判決で抹消登記をすることができます。
 
【令和5年4月1日施行】令和3年不動産登記法改正による「所在が知れない法人」の要件緩和

登記義務者(担保権者)が法人の場合、「所在が知れない」としてこの手続が利用できるのは、商業・法人登記簿に当該法人について記録が無く、かつ、閉鎖した登記簿も保存期間(20年)が経過して保存されておらず、その存在を確認できない場合等と非常に限定した解釈がされているため、適用できる場合も限定されてしまうという問題がありました。

そこで、上記手続の簡略化を図るため、不動産登記法70条の2に次のような規定が定められました。

「登記権利者は、共同して登記の抹消の申請をすべき法人が解散し、前条第2項に規定する方法により調査を行ってもなおその法人の清算人の所在が判明しないためその法人と共同して先取特権、質権又は抵当権に関する登記の抹消を申請することができない場合において、被担保債権の弁済期から30年を経過し、かつ、その法人の解散の日から30年を経過したときは、・・・(中略)・・・、単独で当該登記の抹消を申請することができる。」

ここでの「前条第2項に規定する方法」による調査とは、前述の(1)除権決定による抹消手続に関する不動産登記法改正の箇所で述べた「相当の調査が行われたと認められるものとして法務省令で定める方法」による調査のことです。
 
 
③ 被担保債権の弁済期から20年を経過したこと
20年を経過したことを証明する必要があるため、原則として、弁済期を証する情報(金銭消費貸借契約書など)が必要となります。
 
ただし、昭和39年の不動産登記法改正前は、弁済期が登記事項となっていため、これが閉鎖登記簿から確認できる場合には、その閉鎖登記簿があれば足ります。
 
添付できる書面がない場合には、債務者の申述書でも良いとされています。
 
 
④ 被担保債権の元本、利息、損害金の全額に相当する金銭が供託されたこと
明治や大正時代に設定された担保権の場合、現在とは貨幣価値が全く違いましたので、債権額が「数十円」などということもあります。この場合でも、現在の価値に換算するわけでなく、当時の債権額をもとに金額を計算しますので、供託金額も比較的少額で済みます。
 
反対に、債権額が高額になる場合には注意が必要です。弁済期から20年以上経過していることが要件の一つとなっていますが、担保権が設定された時期によっては、元本の額も現在の貨幣価値に近くなっているために供託金が高額になる場合もあり得ます。
 
また、もし被担保債権を弁済していたのであれば、この供託金の支払いは二重払いをすることになりますので、供託金が高額になってしまい供託することが難しい、あるいは供託金を支払うことに納得できないというような場合には、ほかの方法、例えば、抹消登記手続を求める訴えを裁判所に提起する方法を検討してみるのもよいかもしれません。
 
 
 
4.終わりに
 
 
冒頭でも述べたとおり、休眠担保権が抹消せずに残していても、日常生活において特別な支障があるわけではありません。しかし、最近では休眠担保権が残された不動産を処分する予定はないが、不動産を相続することになる後の世代に負担をかけたくないといった理由で休眠担保権の抹消登記を検討される方もおられるようです。
 
休眠担保権の抹消手続は個々の事情に応じて採りうる方法があるうえに、それぞれ手続が煩雑なため、不慣れな方がご自身で手続をしようとすると少し大変かもしれません。お困りの場合は専門家に相談するのも一つの方法だといえます。
 
 
 

 
森山司法書士事務所では、休眠担保権の抹消に関するご相談・ご依頼を承っております。
 
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