2021/10/14

配偶者居住権について

 
 
社会の高齢化が進み平均寿命が延びたことから、夫婦のどちらかが亡くなった後に残された配偶者が、長期間にわたり生活を続けることも多くなりました。そのような場合においては、配偶者が住み慣れた住居で生活を続けるとともに、老後の生活資金として預貯金等の資産も確保しておきたいと考えることも多いと考えられます。
 
そこで創設されたのが配偶者居住権の制度です。
 
この権利は、令和2年4月1日以降に発生した相続から新たに認められた権利で、建物の価値を「所有権」と「居住権」に分けて考え、残された配偶者が建物の所有権を持っていなくても、一定の要件のもとで居住権を取得することで、亡くなった人が所有していた建物に引き続き住み続けられるようにするものです。
 
 
 
 
 
 配偶者居住権について
 
 
目次
1.配偶者居住権とは
2.配偶者居住権のメリット
3.配偶者居住権の成立要件
4.配偶者居住権に関する注意点
5.配偶者居住権が存続している間の配偶者と居住建物所有者の法律関係
6.配偶者短期居住権について
7.おわりに
 
 
 
1.配偶者居住権とは
 
 
配偶者居住権とは、夫婦の一方が亡くなった場合に、残された配偶者(妻又は夫)が、亡くなった人が所有していた建物(又は夫婦で共有する建物)に、亡くなるまで又は一定の期間、無償で居住することができる権利です。
 
 
 
2.配偶者居住権のメリット
 
 
配偶者居住権は所有権に比べ、その価値が低く評価されるため、建物の所有権を配偶者が取得する場合よりも、ほかの財産に対する相続分が増えることになります。
 
例えば、被相続人の財産が自宅と預貯金のみで、価値がそれぞれ2,000万円と3,000万円だとした場合に、配偶者と子1名の計2名が相続人だったとします。
 
このとき、法定相続分にしたがって相続を行うと、配偶者と子の相続分はそれぞれ2,500万円となります。ここで、仮に配偶者が今後居住するために自宅を相続(所有権を取得)することになった場合、配偶者が相続する財産は自宅(2,000万円)と預貯金500万円で、子が相続する財産は預貯金のみ2,500万円となります。しかし、これだと配偶者が今後の生活費に充てることのできる預貯金について不安を感じるかもしれません。
 
ここで、例えば配偶者居住権の評価が1,000万円だとした場合に、配偶者居住権を自宅に設定すれば、配偶者の相続分は配偶者居住権1,000万円と預貯金1,500万円、子の相続分は(配偶者居住権の負担がある)自宅の所有権1,000万円と預貯金1,500万円となります。
 
このように、配偶者居住権は、被相続人が亡くなった後の配偶者の居住の安定を図りつつ、自宅の所有権を配偶者が取得する場合に比べて、生活資金の原資となる預金等を配偶者に多めに寄せることができるというわけです。
 
 
(注)婚姻期間が20年以上の夫婦間における居住用不動産の贈与等に関する優遇措置について

従来、居住用不動産を配偶者に生前贈与や遺贈(遺言による贈与のこと)がされると、遺産の先渡し(特別受益)を受けたものと扱われ、相続の際、亡くなった方の遺産に含められて計算されました。その結果、最終的な配偶者の相続財産の取り分が、生前贈与や遺贈が無かった場合と同じになっていました。しかしながら、婚姻期間が20年以上の夫婦の間でされた居住用の不動産の生前贈与又は遺贈については、被相続人は、残された配偶者の老後の生活保障を厚くするつもりで行われたものと推定されますので、被相続人が異なる意思表示をしていない限り、相続財産の先渡しとして取り扱わないように改正がされています。つまり、当該財産は、相続財産には含めないため、原則として遺産分割で配偶者の取り分が減らされることはありません。

※この改正は、令和元年7月1日から施行され,同日以後に開始する相続について適用されます。
 
 
 
3.配偶者居住権の成立要件
 
 
配偶者居住権が成立するためには、以下の要件をすべて満たす必要があります。
 
(1)残された配偶者が、亡くなった人の法律上の配偶者であること
 
戸籍に配偶者として記載されていることが必要なため、事実婚、内縁の配偶者は含まれません。
 
 
(2)配偶者が、亡くなった人が所有していた建物に、亡くなったときに居住していたこと
 
配偶者自身の持家に住んでいたり、賃貸物件に住んでいたりしていた場合には配偶者居住権を設定できません。
 
(3)①遺産分割(相続人の間での話し合いが整う場合)②遺贈(配偶者居住権に関する遺言がある場合)③死因贈与(配偶者居住権に関する死因贈与契約書がある場合)④家庭裁判所の審判(遺産分割が整わない場合)のいずれかにより配偶者居住権を取得したこと
 
遺言で配偶者が配偶者居住権を取得するためには,遺言者が亡くなった時点でもその建物に配偶者が居住していたことが必要です。
 
 
 
4.配偶者居住権に関する注意点
 
 
(1)配偶者居住権の制度の開始時期
 
配偶者居住権に関する改正民法の施行期日は令和2年4月1日です。したがって、令和2年4月1日以降に亡くなられた方の相続から配偶者居住権が設定できます。亡くなった日が令和2年3月以前の場合、遺産分割協議が令和2年4月1日以降であっても、配偶者居住権は設定できません。遺言で配偶者居住権を遺贈する場合、令和2年4月1日以降に作成された遺言である必要があります。
 
 
(2)配偶者居住権の登記
 
配偶者居住権は、前記の成立要件を満たしていれば、権利として発生していますが、配偶者居住権を第三者に主張するためには登記が必要です。権利を主張するための登記は、登記の先後で優劣が決まりますので、権利関係をめぐるトラブルを避けるためには、配偶者居住権を取得したらできるだけ早く登記手続をする必要があります。
 
配偶者居住権の設定登記は配偶者(権利者)と居住建物の所有者(義務者)が共同して申請することになり、居住建物の所有者は配偶者に対して配偶者居住権の登記を備えさせる義務を負っています。
 
なお、配偶者居住権の設定登記ができるのは建物のみで、その敷地である土地には登記できません。さらに亡くなった人が建物を配偶者以外の人と共有していた場合は、配偶者居住権の対象となりません。
 
 
(3)配偶者居住権の評価(財産的価値)
 
残された配偶者が、遺産分割によって、配偶者居住権を取得する場合には、配偶者は、自らの具体的相続分(遺産分割の際の取り分)の中から取得することになるので、配偶者居住権の財産的価値を評価する必要があります。
 
配偶者居住権の財産的価値の評価については、様々な評価方式があります。例えば、公益社団法人日本不動産鑑定士協会連合会では、評価方式を明らかにした研究報告書を公表しています(鑑定士協会HP)。
 
また、相続人との話合いで遺産分割をする場合には、より簡便な評価方式を利用することも考えられますが、法務省でもそのような評価方式の一例を紹介しています。このほか、相続税における配偶者居住権の価額の評価方法を参照することも考えられます。
 
ただし、相続人との話合いの内容によっては、必ずしも配偶者居住権の財産的価値を評価する必要がない場合もあります。
 
 
 
5.配偶者居住権が存続している間の配偶者と居住建物所有者の法律関係
 
 
配偶者居住権が存続している間の、配偶者と居住建物所有者との主な法律関係は、次のとおりです。
 
(1)居住建物の使用等について
 
配偶者居住権者は、無償で居住建物に住み続けることができますが、これまでと異なる用法で建物を使用することはできないほか(例えば、建物の所有者に無断で賃貸することはできません。)、建物の使用に当たっては、建物を借りて住んでいる場合と同様の注意を払う必要があります。なお、配偶者居住権は配偶者の居住を目的とする権利ですので、配偶者が家族や家事使用人と同居することも当然予定されており、これらの人を建物に同居させることは可能です。
 
 
(2)建物の修繕について
 
居住建物の修繕は、配偶者がその費用負担で行うこととされています。建物の所有者は、配偶者が相当の期間内に必要な修繕をしないときに自ら修繕をすることができます。
 
 
(3)配偶者居住権の譲渡等
 
配偶者居住権は配偶者の居住を目的とする権利ですので、第三者に配偶者居住権を譲り渡すことはできません。もっとも、あなたが、配偶者居住権を放棄することを条件に、これによって利益を受ける建物の所有者から金銭の支払を受けることは可能です。
 
また、建物の所有者の承諾を得れば、第三者に居住建物の使用又は収益をさせることができます。
 
 
(4)建物の増改築について
 
配偶者は、建物の所有者の承諾がなければ、居住建物の増改築をすることはできません。
 
 
(5)建物の固定資産税について
 
建物の固定資産税は、建物の所有者が納税義務者とされているため、配偶者居住権が設定されている場合であっても、所有者がこれを納税しなければなりません。もっとも、配偶者は、建物の通常の必要費を負担することとされているので、建物の所有者は、固定資産税を納付した場合には、その分を配偶者に対して請求することができます。
 
 
 
6.配偶者短期居住権について
 
 
配偶者短期居住権というのは、遺産分割協議や調停が終わるまでの間や、遺言で配偶者以外の者に遺贈された場合でも、すぐに配偶者に出て行くように求めることは酷であることから、暫定的に建物の無償使用する権利を認めるものです。配偶者が、相続開始時に被相続人の建物に無償で住んでいた場合には、遺言や遺産分割で配偶者居住権が認められなくても、一定期間は、居住建物を無償で使用する権利(配偶者短期居住権)を取得します。具体的には、遺産分割協議がまとまるまでか、協議が早くまとまった場合でも被相続人が亡くなってから6か月間は無償で建物に住み続けることができます。また、遺言などで配偶者以外の第三者が建物の所有権を相続した場合、第三者はいつでも配偶者短期居住権を消滅させるよう申し入れすることができますが、その場合であっても、残された配偶者は申し入れを受けた日から6か月間は無償で建物に住み続けることができます。
 
配偶者居住権と異なり、配偶者短期居住権は、登記することはできず、万が一、建物が第三者に譲渡されてしまった場合には、その第三者に対して、配偶者短期居住権を主張することができません。その場合、配偶者は、建物を譲渡した人に対して、債務不履行に基づく損害賠償を請求することが考えられます。
 
 
 
7.おわりに
 
 
配偶者居住権は創設されたばかりの制度であるため、正しく理解することが重要です。また、細かな規定があり、具体的な事案により対応が変わってくるため、この制度の利用を検討する際には、専門家と相談し、助言を受けながら判断することが望ましいでしょう。