2022/2/13

預貯金の仮払い制度って何?どんなときに使えるの?

相続が開始されると、葬儀費用の支払いをはじめ、亡くなった方(被相続人)の医療費や介護・施設費用の精算、さらに扶養家族であった相続人の生活費の工面など様々な場面でお金が必要となります。
 
従来、このような場合に、被相続人の口座からお金を払い戻そうとしても、亡くなった人名義の預貯金は遺産分割の対象となるため、相続人全員の同意がない限り、相続人が単独で払い戻しの手続きを行うことは原則としてできませんでした。
 
しかし、平成30年の民法の改正により、相続人が単独で一定の金額の預貯金の払戻しの手続きを行うことが可能となりました。それが、いわゆる「預貯金の仮払い制度」です。
 
 
 
 
 
預貯金の仮払い制度って何?どんなときに使えるの?
 
 
 
目次
1.預貯金の仮払い制度
2.いつから利用ができるか
3.仮払いをしてもらう方法
4.仮払い制度を利用する際の注意点
5.おわりに
 
 
  
1.預貯金の仮払い制度
 
 
預貯金の仮払い制度とは、遺産分割が成立する前であっても、一定金額までであれば法定相続人が被相続人名義の預貯金を出金できる制度です。
 
人が亡くなると、比較的短い間に、多くのお金が必要となります。この時、必要な資金が相続人の手元にあればいいのですが、いつ相続が開始するかを正確に予想することは難しく、必要な資金を必ずしも用意できるとは限りません。特に被相続人が一家の生計を担っていた場合には、被相続人の口座にある預貯金から生計をやりくりしているケースも多いと考えられるため、相続開始後に必要なお金も被相続人の口座から工面することになることが多いでしょう。
 
しかし、被相続人の預貯金口座の解約手続きは、遺言がある場合を除いて、遺産分割協議が成立した後でないと行うことができません。
 
遺産分割協議がすぐにまとまれば問題はありませんが、遺産の把握や相続人の確定に時間がかかったり、遺産分割協議がまとまらないには、その間、被相続人の預貯金口座からは払戻しができないことになります。
 
このような場合に利用できるのが、「預貯金の仮払い制度」の利用です。
 
 
 
2.いつから利用ができるか
 
 
この制度が創設された平成30年の改正民法は令和元年7月1日より施行されています。令和元年7月1日以後に開始した相続に適用があるのは当然ですが、相続が開始した日(死亡した日)が令和元年7月1日より前であっても、実際に仮払いの請求をする日が令和元年7月1日以降であれば、仮払いの請求をすることができます。
 
 
 
3.仮払いをしてもらう方法
 
 
預貯金の仮払い制度には、金融機関の窓口で直接請求する方法と家庭裁判所による仮分割の仮処分という2つの方法があります。
 
 
(1)金融機関の窓口で直接請求する方法
 
相続人が単独で、各金融機関において預貯金の払い戻しを受けることができる金額は次のとおりです(改正民法909条の2)。
 
相続開始時の預貯金の額(口座基準)×3分の1×当該払戻しを受ける相続人の法定相続分(ただし、一つの金融機関から払戻しを受けることができる金額は最大150万円まで)
 
ここでの「法定相続分」とは「第900条及び第901条の規定により算定した当該共同相続人の相続分」のことをいい、簡単に言えば、遺言による相続分の指定や特別受益者の相続分などは考慮せず、共同相続人の構成にしたがって形式的に計算した法定相続分のことです。
 
なお、預貯金の仮払い制度は、共同相続人の(準)共有財産である払戻請求権(金融機関から預貯金の払い戻しを受ける権利)を、各相続人が単独で行使できることを認めたものであり、仮払いに関する払戻請求権は譲渡や差し押さえができないと解されています。
 
 
(2)家庭裁判所による仮分割の仮処分
 
(1)の方法で仮払いの請求ができる上限の額は、150万円です。この金額を超えて仮払いを請求したいのであれば、「仮分割の仮処分」(改正家事事件手続法200条3項)の利用を検討できます。この制度では、預貯金に限定して仮払いの必要性があると認められた場合、他の共同相続人の利益を侵害しない範囲で、家庭裁判所が預貯金の全部または一部の仮払いを認めてくれます。
 
法改正により、遺産分割前に預貯金の払い戻しを受けるための要件が緩和されていますが、この制度は遺産分割調停・遺産分割審判の申立がされていることが前提となっており、その審理には時間がかかってしまうこともあります。したがって、緊急性があるような出費には対応できない場合があることには注意が必要です。
 
 
 
4.仮払い制度を利用する際の注意点
 
 
(1)相続放棄ができなくなる可能性がある
 
相続財産には預貯金のような積極財産(プラスの財産)ばかりではなく、借金のような消極財産(マイナスの財産)がある場合もあります。もし積極財産よりも消極財産が多い場合、借金のみを相続してしまうことになってしまいます。
 
このような事態を防ぐため、民法は相続人に「相続放棄」を認めています。この相続放棄により、相続人は預貯金のような積極財産を相続しないことと引き換えに借金などの消極財産を相続しないことができます。
 
ところが、この制度により被相続人の預貯金が仮払いされると、それを受け取った相続人は遺産分割(一部分割)により取得したものとみなされます。このことは、同時に「単純承認(資産も負債もすべて相続する)」をしたとみなされることになるため、あとから消極財産のほうが多いと判明したとしても相続放棄ができなくなってしまいます。
 
したがって、この制度を利用する前には、被相続人の消極財産の有無や金額などを入念に確認しておく必要があります。
 
 
(2)他の相続人とトラブルになる可能性がある
 
例えば、仮払いにより受け取ったお金を葬儀代に使ったとしても、他の相続人から「本当に葬儀代に使ったかどうかわからない」と疑われ、後で行う遺産分割協議の際に考慮してもらえない可能性があります。
 
こういったトラブルを回避できるよう、この制度を利用する場合は、必ず事前に他の相続人に連絡をしておくことが望ましいでしょう。さらに、葬儀代や被相続人の負債の返済に充てた場合には、必ず領収証を保管して、後でお金の使い道を証明できるようにしておくことが大切です。
 
 
(3)遺言による遺贈などがある場合には利用できない
 
遺言による遺贈や、特定の法定相続人に対して特定の財産を「相続させる」趣旨の遺言(「特定財産承継遺言」)があった場合、その預貯金は遺産の範囲から外れるため、仮払いの対象財産となりません。
 
そのため、受贈者や承継者として指定された法定相続人が、該当する預貯金に関する内容が記載された遺言書を金融機関に提示した場合、他の相続人は当該預貯金についてこの制度を利用することが困難になります。
 
逆を言えば、遺言書の存在を金融機関へ通知する前であれば、他の相続人によってこの制度を利用されてしまう可能性もありますので、遺言書によって特定の預貯金を承継する方は、一刻も早く金融機関へその旨通知するようにしましょう。
 
 
(4)その後の遺産分割協議がややこしくなる可能性がある
 
遺産分割前に仮払い請求をした場合に受領した金銭は、「遺産の一部の分割によりこれを取得したものとみなす」ことになります。
 
つまり、その後に残りの財産について遺産分割協議をする場合、すでに遺産の一部を取得したことを前提に協議することになるため、遺産分割協議が非常にややこしいものになってしまう可能性があります。
 
 
 
5.おわりに
 
 
民法改正により創設された預貯金の仮払い制度は、利便性が高まった一方で注意すべき点も多くあります。思わぬトラブルを生じさせないためにも、安易に使用することはおすすめできません。他の相続人ともよく話し合い、また、迷ったときは専門家に相談するなどして、この制度を利用するかどうかを見極める必要があるでしょう。