2022/4/6

限定承認が使いにくい理由と利用を検討すべきケース

相続が開始すると、自己のために相続が開始されたことを知ってから3か月以内の熟慮期間に、単純承認、限定承認、相続放棄のうちのいずれかを選択する権利が相続人には認められています。
 
無限に被相続人の権利義務を承継するのが単純承認であり、反対に、一切の権利義務をすべて拒否するのが相続放棄です。相続放棄をした相続人は、その相続に関しては、初めから相続人とならなかったものとみなされます。
 
限定承認は、単純承認と相続放棄のいわば中間的な相続の形態です。すなわち、相続によって得たプラスの財産の限度で、債務の負担といったマイナスの財産を引継ぐという手続きですが、あまり活用されてはいないのが実情です。限定承認は相続放棄と同様、家庭裁判所を通じて行う手続ですが、相続放棄の年間の利用者数は16万件ほどになるのに対し、限定承認は800~1,000件くらいの利用しかありません。
 
今回は、限定承認があまり利用されにくい理由と、その中でも利用される場面について説明します。 
 
 
 
 
 
 限定承認が使いにくい理由と利用を検討すべきケース
  
 
目次
1.限定承認とは
2.限定承認が利用しにくい理由
3.限定承認の利用を検討すべきケース
 
 
 
 
1.限定承認とは
 
 
限定承認とは、預貯金や不動産などプラスの財産(積極財産)と、相続債務などマイナスの財産(消極財産)のすべてを承継するものの、消極財産については、承継した積極財産の限度内でしか責任を負わないという相続の方法です。もし、消極財産が積極財産を上回っている場合でも、承継した積極財産を処分した範囲で消極財産の返済に充てればそれ以上の責任を負うことはなく、反対に、積極財産が消極財産を上回っており、残った財産があれば取得することができます。
 
 
 
2.限定承認が利用しにくい理由
 
 
これだけを聞くと、限定承認は相続人にとって極めて都合の良い制度ともいえますが、実際にはあまり活用されていないのが実情です。その理由として、主に以下のものが挙げられます。
 
 
(1)限定承認は相続人全員が共同して行う必要がある
 
複数の相続人がいる場合、限定承認は全員が共同して「のみ」することができるとされています。これは、例えば相続人の中に単純承認をする人と限定承認をする人がいると、手続が非常に煩雑になってしまうためです。ただ、相続人の中に相続放棄をした人がいる場合、その相続人は初めから相続人にはならなかったものとみなされますので、それ以外の相続人全員が共同すれば限定承認ができると考えられています。
 
 
(2)限定承認に伴う面倒な事務や相続財産の清算手続が負担になる
 
限定承認をするには、熟慮期間内に相続財産の目録を作成して、被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所に提出し、限定承認をする旨の申述をしなければなりません。また、限定承認の申述が受理された後は、相続債権者などへの公告・催告をし、必要があれば相続財産を換価したうえで、相続債権者などへの弁済を行いますが、これらの手続は限定承認をした者が自ら行うことになりますので、相当な負担となります。なお、相続人が複数いる場合には、相続人の中から家庭裁判所が選任した相続財産管理人が代表して、これらの清算手続を行います。
 
 
(3)手続を誤ると場合によっては損害賠償責任を負う可能性がある
 
相続人の中に限定承認の申述が受理される前に、相続財産を処分していたことが限定承認の申述が受理された後に発覚した場合や、相続財産を隠匿したり、相続債権者を害することを分かったうえで相続財産を消費したりすると損害賠償の対象となります。
 
 
(4)限定承認をすると所得税の負担が生じる可能性がある(みなし譲渡所得課税)
 
税法上、限定承認があった場合には、その限定承認に係る財産については、被相続人から相続人へ時価で譲渡したものとみなされます(実際には譲渡したわけではないため「みなし譲渡」といわれます)。もし、みなし譲渡により利益が発生すると譲渡所得となり、亡くなった人に譲渡所得税が課税されます。なぜみなし譲渡として譲渡所得税を被相続人に課税するのかというと、税金も被相続人の債務として相続財産の範囲内でのみ納税すれば済むようにするためです。
 
 
 
3.限定承認の利用を検討すべきケース
 
 
このように、その内容が複雑であることから利用しにくい制度ではありますが、ただ、まったく利用されていないわけではありません。実際に限定承認が利用されている場合としては以下のようなケースがあります。
 
 
(1)相続財産についての全体の内容が不明確で、積極財産が消極財産を上回るのかどうかが不明である場合
 
例えば、損害賠償請求権を相続し、現に訴訟で争っている、あるいは今後訴訟になる可能性がある場合において、その結果次第では相続財産が大幅に少なくなり債務超過になる可能性がある、とか、被相続人が事業をしていたので、今後思ってもみなかった借金が出てくるかもしれない、というようなときは限定承認の利用を検討する必要があるといえるでしょう。
 
 
(2)相続財産について、債務超過であることが明らかであっても、相続財産の中の特定の財産を何とか残したい場合
 
例えば、相続財産の中に、長年被相続人と一緒に住んでいた自宅があって、どうしても手放したくないような場合には、限定承認を検討する必要があるでしょう。このような場合には、限定承認の申述後、家庭裁判所が選任した鑑定人の評価に従って弁済を行うことで、限定承認をした者が自宅を取得する手続をとることになります。
 
 
 
(3)被相続人と相続人らの一族が共同で営んでいた事業の継続を希望する場合
 
被相続人が行っていた事業の継続を希望する場合、限定承認を選択することによって、被相続人の借金を清算しつつ、相続財産の中にある事業に必要な資産を引き継ぐことも可能となります。
 
もちろん、このような場合において必ず限定承認を利用しなければならない、というものではありません。前述のとおり、限定承認の手続は非常に煩雑なうえに、少なからずリスクを伴うものでもありますので、ただ何となく限定承認のほうがよさそうだからという考えでは後々後悔するかもしれません。限定承認の手続を選択する場合には、どうしても限定承認でないといけないだけの理由があるなど、動機付けの部分が大切かもしれません。また、実際の手続においては、手続に精通した専門家のサポートを受けることが望ましいでしょう。