2022/7/19

遺留分

被相続人は自らの財産を遺言や生前贈与等といった方法で自由に処分することができますが、すべての財産を自由に処分できるとすると、被相続人が亡くなった後の相続人の生活の保障や推定相続人の相続への期待を保護できなくなってしまいます。そこで民法は兄弟姉妹以外の相続人に対し、相続財産のうち一定の割合で留めておくべき相続分を認めています。これが「遺留分」という制度です。 
 
 
 
 
 
遺留分について
 
 
目次
1.遺留分とは
2.遺留分が認められている人
3.遺留分が認められない人
4.遺留分を侵害されたら~遺留分侵害額請求権~
5.遺留分額の計算
6.遺留分侵害額請求権を行使する方法
7.遺留分侵害額請求と税金の関係
8.遺留分侵害額請求権の時効
9.遺留分を考慮した相続対策
10.おわりに
 
 
1.遺留分とは
 
 
遺留分とは、一定の法定相続人に対して、法律上保障された最低限度の相続分の割合のことをいいます。遺留分を侵害された場合、その不足分を請求することが可能です。
 
平成30年7月6日に相続法の改正法案が成立し、その中で遺留分制度の見直しが行われています。改正法の施行日は令和元年7月1日ですが、施行日以降に生じた相続とそれより前(令和元年6月30日まで)に生じた相続では一部取り扱いが異なる点があることには注意が必要です。なお、このコラムで説明する内容は、基本的に改正後の遺留分制度についてのものです。
 
 
 
2.遺留分が認められている人
 
 
遺留分が認められている人を「遺留分権利者」と言いますが、民法1042条では、遺留分権利者は「兄弟姉妹以外の相続人」とされています。つまり、法定相続人のうち、遺留分権利者となるのは「配偶者、直系卑属(子や孫など)、直系尊属(親や祖父母など)」になります。
 
本来相続人となるはずだった被相続人の子が、被相続人よりも先に死亡していた場合等に、その者の子(被相続人の孫)が代わって相続することを代襲相続と言いますが、代襲相続人は遺留分の権利も取得します。また、被相続人の親が、被相続人よりも先に亡くなっている場合で、被相続人の親の親(被相続人の祖父母)がいるときは、被相続人の祖父母が相続権と遺留分の権利を取得します。
 
 
 
3.遺留分が認められない人
 
 
(1)兄弟姉妹
 
前述のとおり、遺留分権利者は「兄弟姉妹以外の相続人」とされています。したがって、兄弟姉妹には遺留分は認められていません。
 
 
(2)相続欠格に該当する人
 
相続欠格とは、特定の相続人が民法891条の相続欠格事由に該当する場合に相続権を失わせる制度のことです。遺留分が認められている配偶者や子、直系尊属であっても、この欠格事由に該当すると遺留分は認められません。なお、子が相続欠格に該当する場合に、その者に子(被相続人の孫)がいた場合にはその子が代襲相続することになりますが、代襲相続人には遺留分も認められます。
 
 
(3)廃除になった人
 
廃除とは、遺留分を有する推定相続人(配偶者、子、直系尊属)に非行や被相続人に対する虐待・侮辱がある場合に、被相続人の意思に基づいてその相続人の相続権を剥奪する制度です。廃除になった人には遺留分が認められていません。なお、廃除によって、その相続権を失ったときは、その者の子(被相続人の孫)が代襲して相続人となることや代襲相続人に遺留分が認められている点は相続欠格と同じです。また、兄弟姉妹に対して廃除はできませんが、これは遺言によって相続させないようにすることができるためです。
 
 
(4)相続放棄をした人
 
相続放棄とは、相続人が、家庭裁判所に対して、被相続人の権利や義務を一切受け継がない旨の意思表示をすることです。この相続放棄をした人にも遺留分は認められていません。また、相続放棄をした場合に、その者の子に代襲相続は起こらず、遺留分が認められることもありません。
 
 
(5)包括受遺者
 
遺言によって、財産の全部または一部を包括的に、例えば「遺言者は全財産の三分の一を○○に遺贈する」と言うように、全財産に対する割合を示して与えることを「包括遺贈」といい、この時、財産を受け取る人のことを「包括受遺者」といいます。包括受遺者は、相続人ではありませんが、実質的に相続人の地位と類似しているので、民法上「相続人と同一の権利義務を有する」とされています。しかし、遺留分は相続人固有の権利と解釈されていることから、包括受遺者には遺留分が認められていません。
 
 
 
4.遺留分を侵害されたら~遺留分侵害額請求権~
 
 
遺留分を侵害されていても侵害されている本人が何も請求しなければ、そのままの割合で遺産が分配されてしまいます。
 
そこで、被相続人が、相続財産を遺留分権利者以外に贈与又は遺贈し,遺留分に相当する相続財産を受け取ることができなかった場合,遺留分権利者は,贈与又は遺贈を受けた者に対し,遺留分を侵害されたとして,その侵害額に相当する金銭の支払を請求することできるとされています。これを遺留分侵害額の請求といいます。
 
注意点

令和元年7月1日に施行された改正民法により、従来の「遺留分減殺請求権」が、「遺留分侵害額請求権」へとその名称と内容が変更されました。遺留分減殺請求権においては、「侵害された遺産そのものを取り戻す権利」でしたが、法改正により、遺産そのものではなく「金銭を請求する権利」に変更されました。なお、遺留分侵害額請求の対象は施行日以降の相続が対象であり、施行日より前に発生した相続は遺留分減殺請求の対象となる点には注意が必要です。
 
 
遺留分侵害額請求を行うに際しては、「遺留分額」を算出したうえで、その遺留分額を基に「遺留分侵害額」を計算することで、請求することが可能な金額を導くことができます。
 
 
 
5.遺留分額の計算
 
 
遺留分額は「遺留分算定の基礎となる財産額×個別的遺留分」という計算式で算出することになるため、まずは「遺留分算定の基礎となる財産額」を確認する必要があります。
 
 
(1)遺留分算定の基礎となる財産
 
「遺留分算定の基礎となる財産」とは、被相続人が相続開始時に有していた積極財産に、一定の範囲の生前贈与した財産を加えた額から、借金などの相続債務を差し引いて算定しますが。
 
「遺留分算定の基礎となる財産額」
=「被相続人が相続開始時に有していた積極財産」+「一定の範囲の贈与財産」-「相続債務」
 
なお、「一定の範囲の贈与財産」とは次のようなものがあります。
 
①相続開始前1年以内の贈与
 
②贈与者と受贈者が遺留分権利者に損害を与えることを知ってした贈与
 
③相続開始前の10年間に「婚姻若しくは養子縁組のため又は生計の資本」としてされた相続人に対する贈与(改正民法施行日である令和元年7月1日より前に開始した相続については、この期間制限はありません)
 
④不相当な対価でなされた有償処分であって、当事者双方が遺留分権利者に損害を与えることを知ってしたもの (民法1045条2項)など
 
 
(2)個別的遺留分
 
個々の遺留分権利者に認められる具体的な遺留分額のことを「個別的遺留分」といい、個別的遺留分は、「総体的遺留分」に遺留分権利者の法定相続分を掛けることで算出することができます。したがって、まずは「総体的遺留分」を確認することになります。
 
「総体的遺留分」とは、遺留分権利者全体が相続財産全体に対して有する遺留分の割合をいいますが、この割合は、誰が相続人になるかによって異なり、具体的には以下のとおりです。 
 
相続人遺留分の割合
配偶者のみが相続人の場合2分の1
子のみが相続人の場合2分の1
直系尊属のみが相続人の場合3分の1
兄弟姉妹のみが相続人の場合遺留分なし
配偶者と子が相続人の場合2分の1
配偶者と父母が相続人の場合2分の1
配偶者と兄弟姉妹が相続人の場合
配偶者:2分の1
兄弟姉妹:遺留分なし
 
 
そして、前述のとおり、「総体的遺留分」×「遺留分権利者の法定相続分」によって「個別的遺留分」を算出します。
 
例えば、相続人が配偶者と子供2人の場合、相続財産に対する遺留分(総体的遺留分)は2分の1です。そして、配偶者の個別的遺留分は、「2分の1(総体的遺留分)×2分の1(法定相続分)」で4分の1となり、子供1人あたりの個別的遺留分は「2分の1(相対的遺留分)×4分の1(法定相続分)」で8分の1となります。
 
 
(3)遺留分額
 
「遺留分算定の基礎となる財産額」に「個別的遺留分」を掛けて遺留分額を算出します。
 
先ほどの例(相続人が配偶者及び子2人の場合)において、相続開始時に3,500万円の積極財産と1,000万円の借金があり、相続開始前1年以内に500万円の贈与が行われていたときの各相続人の遺留分は以下のとおりです。
 
遺留分算定の基礎となる財産額:3,000万円(3,500万円+500万円-1,000万円=3,000万円)
 
配偶者の遺留分:750万円(3,000万円×1/4=750万円)
 
子1人あたりの遺留分:375万円(3,000万円×1/8=375万円)
 
 
(4)遺留分侵害額
 
「遺留分侵害額」は、遺留分額から,「遺留分権利者が受けた遺贈・特別受益に該当する生前贈与の額」および「遺留分権利者が相続によって取得すべき遺産の額」を控除し,「遺留分権利者が負担する相続債務の額」を加算して算出します。なお、「遺留分権利者が相続によって取得すべき遺産の額」について、寄与分による修正は考慮しません。
 
「遺留分侵害額」
=「遺留分権利者が受けた遺贈・特別受益に該当する生前贈与の額」-「遺留分権利者が相続によって取得すべき遺産の額」+「遺留分権利者が負担する相続債務の額」
 
 
 
6.遺留分侵害額請求権を行使する方法
 
 
遺留分侵害額の請求は,遺留分に関する権利を行使する旨の意思表示を相手方にする必要があるため、一般的に内容証明郵便でおこないます。内容証明郵便で請求しても支払われなかった場合や当事者間で話合いがつかない場合などには,家庭裁判所の調停手続を利用することができます。
 
調停手続では,当事者双方から事情を聴いたり,必要に応じて資料等を提出してもらったりするなどして事情をよく把握したうえで,解決案を提示したり,解決のために必要な助言をしたりして話合いを進めていきます。
 
 
 
7.遺留分侵害額請求と税金の関係
 
 
相手が遺留分の不足分を支払い、相続税の金額が変わる場合は税務署に申告し直す必要があります。相続税が下がり税務署から差額を返金してもらう場合は「更正の請求書」を提出し、相続税が上がり税務署に差額を支払う場合は「修正申告書」を提出します。
 
また、遺留分侵害額請求権は金銭債権の請求となるため、例えば不動産の持分といった権利を請求することはできません。そのため、仮に不動産の持分を取得することを望む場合には、金銭の支払いに代えて、不動産を充てることで金銭の支払債務を解消した(代物弁済)という形をとることになりますが、その際、代物弁済をした者には譲渡所得税や住民税、代物弁済を受けた側には名義変更の際の登録免許税や不動産取得税などの税金が発生する可能性があることに注意が必要です。
 
 
 
8.遺留分侵害額請求権の時効
 
 
遺留分侵害額請求権は、民法第1048条で「遺留分権利者が相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知ったときから1年間行使しないときは、時効によって消滅する」と定められています。通常、被相続人の死亡後、遺言の内容を知ることによって遺留分の侵害を知ることが多いと思われますが、それから何もせず1年が経過してしまうと権利が消滅してしまいます。
 
また、相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知らなかったとしても、相続開始から10年を経過してしまうと、同様に権利が消滅してしまいますので注意が必要です。
 
 
 
9.遺留分を考慮した相続対策
 
 
遺留分を巡る争いは、場合によっては大きな争いを繰り広げる結果になってしまう可能性があります。そのような事態を防ぐためにも、遺留分対策のための工夫をいくつかご紹介します。
 
 
(1)遺留分に配慮した遺言の作成
 
遺言による遺産の分配方法については、基本的には遺言者の自由意思により決めることができ、もし、その内容が相続人の遺留分を侵害するものであったとしても、当然に無効となるわけではありません。また、遺留分侵害額請求権を行使するかどうかは遺留分を侵害された相続人の自由です。しかし、だからといって遺留分を侵害するような内容の遺言を作成すると後に遺留分を巡る争いの元となる可能性があります。ご自身が亡くなった後で争いが起こることを望まないのであれば、最初から遺留分に配慮したうえで作成したほうがよいでしょう。
 
 
(2)生前の話し合いや付言事項の活用
 
前述のとおり、遺留分を侵害するような内容の遺言を作成しても、当然には無効とはなりませんので、遺留分を確保したくてもできない事情や遺言者に特段の強い希望がある場合には、あえて遺留分を侵害するような遺言を作成することがあるかもしれません。ただ、その場合でも生前から関係者同士で話し合いを行いその了承をもらっておくことで後日の争いを予防できます。
 
どうしても話をすることができない事情がある場合には、遺言を作る際に「付言事項」を活用する方法もあります。付言事項には遺産の分配方法などとは別に、家族への思いや自分の考えを自由に書くことができるので、そこに遺留分を侵害するような遺言を作成した理由などを丁寧に書いておけば、付言事項を見た遺留分権利者が納得して、あるいは遺言者の思いを汲んで、遺留分の主張をしないことが期待できるかもしれません。
 
 
(3)事業用財産などは早めに贈与しておく
 
改正前の民法では、特別受益にあたる生前贈与は何年前のものであっても遡って遺留分算定の基礎となる財産に組み込まれていました。
 
改正後はそれが相続開始前10年分と期限が設けられることになるので、例えば事業承継が必要になるケースでは、特別受益に該当する事業用財産の生前贈与が、それよりも前になるように、早めに贈与しておくことで遺留分算定の基礎となる財産に組み込まれずに済みます。ただし、相続がいつ起きるかは分からないため、確実な対策であるとは言い切れないことには注意が必要です。
 
 
(4)親族間の財産の低額譲渡は控える
 
不相当な対価による有償行為があった場合はその差額分が遺留分算定の基礎となる財産に組み込まれることになります。
 
不相当な対価による有償行為とは、譲渡の対価は支払っているものの、その対価が、譲渡された物の価値と釣り合っていないことをいい、例えば、被相続人が所有する実勢価格1億円の土地を1,000万円で売ってもらったような場合が該当します。このとき、差額の9,000万円については、売ってもらった側が贈与を受けたものとみなして、遺留分算定の基礎となる財産に組み込まれる可能性があります。
 
親族など特別な人間関係の間では、時価よりも安い価額で財産を譲ることがあるかもしれませんが、遺留分の点からは控えるのが望ましいでしょう。
 
また、このような行為は税務上も低額譲渡として扱われ問題になることがあります。場合によっては、税務上のペナルティを受けてしまうおそれもあるので、この点からも親族間の低額譲渡は控えるようにしましょう。
 
 
(5)生命保険を活用する
 
民法上、生命保険の受取金は、原則として受取人の固有財産であり、相続財産を構成しないとされています。相続財産を構成しない、ということは、遺留分算定の基礎となる財産に組み込まれず、遺留分侵害額請求の対象とはならないことから遺留分対策として活用できます。
 
生命保険に活用した遺留分対策には2つの方法があり、一つは、遺留分侵害額請求を受ける可能性のある人を受取人として、生命保険を使う形です。確実に財産を受け取らせることができるなどから、一般的にはこの形が使わることが多いようです。民法改正により、遺留分減殺請求権が金銭債権となりましたので、より使いやすくなったと言えるでしょう。
 
もう一つの方法は、遺留分権利者を受取人として生命保険を使う形です。これは、遺留分を侵害する内容の遺言を作成することについて了承を得る目的で行われることが多いのですが、この際には、併せてその遺留分権利者に遺留分の放棄をしてもらうことが望ましいでしょう。遺留分放棄は、家庭裁判所の許可が必要ではあるものの、被相続人の生前に行うことが可能な手続であるため、遺留分対策としては非常に有効な方法です。
 
ただ、いくら生命保険の受取金が遺留分侵害額請求の対象とはならないからといって、相続財産に比べて生命保険の受取金があまりにも多く、他の相続人との間で著しい不公平が生じるような場合には、特別受益として相続財産に組み込まれる、すなわち、遺留分侵害額請求の対象となる可能性があるため注意が必要です。
 
参考判例:最高裁判所平成16年10月29日判決

保険金受取人である相続人とその他の共同相続人との間に生ずる不公平が民法903条の趣旨に照らし到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情が存する場合には,同条の類推適用により,特別受益に準じて持戻しの対象となる。
 
 
 
10.おわりに
 
 
遺留分が問題となるのは、遺言が残されたときです。遺留分を侵害するような遺言でも、遺留分権利者である相続人がその主張しなければ、遺言のとおりに相続が行われますが、もし、遺留分権利者が遺言の内容に納得できず、遺留分を主張してきた場合、相続人間で深刻な確執が生じることにもなりかねません。これから遺言を作成しようと考えている方は、自己の思いを実現させると同時に、できる限り遺留分についての争いを避けられるよう配慮することも大切だと思います。
 
一方で、不公平な内容の遺言や贈与などによって遺留分を侵害された相続人は、遺留分侵害額請求によって、その侵害額相当の金銭の支払いを求めることができますが、相続開始と遺留分侵害を知ってから1年以内という時効があることに注意が必要です。それだけでなく、遺留分侵害額の計算などの総合的な知識も必要となりますので、もし遺留分侵害額請求を行うことを検討しているのであれば、早いうちから弁護士や司法書士といった専門家に相談してみるのもよいでしょう。