2023/7/13

「相続させる」旨の遺言について

遺言を作成する際の書き方として「相続させる」や「遺贈する」といった表現を用いることは多いです。どちらの表現も「財産を取得させる」という効果が生じる点では似ていますが、異なる部分もあるため、特に自筆で遺言を作成するような場合には、その表現の仕方に注意が必要です。
 
今回は「相続させる」旨の遺言についての解説です。
 
 
 
 
 
「相続させる」旨の遺言について
 
 
目次
1.「相続させる」旨の遺言とは
2.「相続させる」旨の遺言と「遺贈」との相違
3.「相続させる」旨の遺言と「相続放棄」
4.まとめ
 
 
 
1.「相続させる」旨の遺言とは
 
 
「相続させる」旨の遺言とは、「A土地を妻〇〇に相続させる」というような特定の相続人に財産を相続させる遺言のことをいいます。
 
「相続させる」旨の遺言には、特定の相続財産を相続させるとする場合とすべての相続財産を相続させるとする場合がありますが、一般的に「相続させる」旨の遺言という場合は、特定の相続財産を相続させる遺言のことをいいます。なお、特定の相続財産を相続させる遺言のことを、現行の民法上、「特定財産承継遺言」と言います。
 
「相続させる」旨の遺言は、遺贈であるといえるような特段の事情の無い限り、原則として遺産分割方法の指定であるが、相続人間でこの遺言と異なる遺産分割をすることはできず、遺言の効力発生時に、対象となる遺産が特定の相続人に承継されると解されています(最二判平成3.4.19)。
 
つまり、「相続させる」旨の遺言は、その内容の趣旨が遺贈であることが明らかであるか、遺贈と解すべき特段の事情がない限り、遺言を作成した被相続人が亡くなり、遺言書の効力が発生すると、直ちに相続人へ財産が承継されるということになります。
 
ただし、平成30年の民法改正により、特定財産承継遺言(「相続させる」旨の遺言)によって財産を取得した相続人であっても、法定相続分を超える部分を承継したときは、その法定相続分を超える部分については、登記等の対抗要件を備えなければ第三者に対抗することができないとされていることには注意が必要です。
 
 
2.「相続させる」旨の遺言と遺贈との相違
 
 
「遺贈」とは遺言による財産の無償譲渡をいい、遺贈を行う人のことを遺贈者、遺贈を受ける人のことを受遺者といいます。
 
「相続させる」旨の遺言と「遺贈」では、以下のような違いがあります。
 
 
(1)対象となる人
 
受遺者については、必ずしも相続人である必要はありません。相続人以外の者も受遺者になることができます。
 
 
(2)不動産の登記手続上の違い
 
① 「相続させる」旨の遺言であれば、不動産を取得する相続人が単独で申請できます。これに対し遺贈の場合、受遺者と相続人全員(または遺言執行者)の共同で申請する必要があります。ただし、法律の改正により、令和5年4月1日から、遺贈により不動産を取得したのが相続人であれば、単独で所有権の移転の登記を申請することができるようになっています。これは、令和5年4月1日より前に開始した相続により遺贈を受けた相続人であっても同様です。
 
 
② 取得する不動産が農地である場合、「相続させる」旨の遺言であれば、農地法の許可が不要ですが、「遺贈」であれば、受遺者が相続人の場合でも農地法の許可が必要となります。
 
なお、遺贈に基づく登記申請の際には、農地法の許可書を添付する必要があります。
 
 
③ 不動産登記を申請する際には登録免許税を納付しなければなりませんが、「相続させる」旨の遺言と遺贈ではこの登録免許税にも違いが表れます。「相続させる」旨の遺言を内容とする遺言書を提出して行う登記の登録免許税の税率は1000分の4であるのに対し、「遺贈」を原因として登記手続きをする場合、原則として税率は1000分の20になります。ただし、「遺贈」の場合でも受遺者が相続人である場合は、1000分の4の税率となります。
 
 
(3)取得するのが借地権である場合
 
取得する財産が借地権である場合、「相続させる」旨の遺言であれば、地主の承諾を得る必要がなく、「遺贈」であれば地主の承諾が必要となります。したがって、相続させる遺言の場合は地主の承諾がなくても、借地権を相続人へ承継させられます。
 
 
 
3.「相続させる」旨の遺言と相続放棄
 
 
「相続させる」旨の遺言の法的性質は、遺産分割方法の指定・相続分の指定と解されており、これらについては、放棄をするための独自の制度はありません。もちろん、「相続させる」旨の遺言がされた場合に、その相続人が相続放棄をすることは可能です。しかし、その場合、特定の財産だけを放棄することはできず、「相続させる」旨の遺言で対象となった遺産のすべてを放棄することになってしまいます。例えば、「預貯金と不動産を相続させる」という遺言がある場合に、不動産については放棄をして預貯金だけを相続したくても、相続放棄では不動産も預貯金も放棄することになります。
 
裁判例をみても「本件相続させる旨の遺言は、遺贈であることが明らかか、遺贈と解すべき特段の事情がないので、本件不動産を何らの行為を要しないで当該相続人が確定的に取得したことになり、相続財産である不動産の所有権を取得した相続人は、原則として遺言の利益を放棄することはできない」(東京高決平成21年12月18日)と判示されていますが、これは、「相続させる」旨の遺言については、遺言の対象となったすべての財産について相続を承認するか、相続放棄によってすべてを放棄するかしかないという考えによるものです。
 
 
 
4.まとめ
 
 
以上、「相続させる」旨の遺言についての解説でした。
 
「相続させる」旨の遺言とするか遺贈とするかによって、その遺言の効力発生後に相続人に対して及ぼす影響が異なるため、遺言を作成する際には十分な検討が必要です。
 
一般的には、法定相続人に遺産を取得させる場合、「相続させる」という文言を使う方が残された相続人にとって有利なことが多いといえるでしょう。
 
なお、公証実務においては、遺言によって遺産に属する特定の不動産を特定の人に帰属させる場合、その特定の人が相続人でない場合は「遺贈する」と表現し、その特定の人が相続人である場合は「相続させる」と表現しています。
 
ただし、「相続させる」旨の遺言で対象となる財産について、個別に承認するか放棄するかの自由がないため、誰もが相続することを望まないであろう財産を「相続させる」と遺言で残すことは争いの原因にもなりかねません。
 
もし、遺言をする際に、相続人の誰もが相続することを望んでいない財産がある場合、生前に売却しておくとか贈与をするなど適切に処分しておくのがよいかもしれません。