2024/5/9

隠居で始まる相続があった!?~相続制度の歴史~

「隠居」というと2人のお供と印籠を携えて日本各地を旅したというかの有名なご老公を思い出しますが、法律用語での「隠居」には、それまでの立場や地位を他人に譲り、自らは悠々自適な生活を送るという一般的に使われる意味とは別の意味も持っています。
 
 
 
 
 
隠居で始まる相続があった!?~相続制度の歴史~
 
 
目次
1.旧民法の「家」制度
2.家督相続とは
3.隠居によって家督相続が発生する
4.おわりに
 
 
 
1.旧民法の「家」制度
 
 
明治31年7月16日から施行された旧民法では、「家」の制度があり、「戸主」を家長として「家」の構成員である「家族」を管理していました。そのため、戸主には絶大な統率権限が与えられており、家族が婚姻や養子縁組をするにも戸主の同意が必要であったり、家族の居所を戸主が指定することもできました。
 
その一方で、戸主には家族の扶養義務や、家族の後見人や保証人になるといった義務も負っていました。また、戸主以外の家族には自分の名義で取得した財産を特有する権利があったのに対し、戸主が戸主である間に取得した財産は基本的に「家」として所有する財産とされており、名義上は戸主の所有となっていても、実質的には家の構成全員の共有財産とされていました。
 
「家」を後世に引き継いでいくために、戸主は絶大な権利とともに大きな責任を負っていたことがうかがえます。
 
 
 
2.家督相続とは
 
 
そのような戸主ですが、人間である以上はいずれ亡くなってしまいます。旧民法では家の継続を第一義としていたため、戸主が死亡したときには、次に家を継ぐ者に承継させる手続として「家督相続」という制度がありました。
 
家督相続は、一家の戸主という権利や義務、一家の財産を家督相続人に引き継ぐ制度です。古い時代に亡くなった所有者名義のままになっている不動産について相続登記をする際には、時折、この「家督相続」を原因とする登記をすることがありますが、家督相続では家督相続人1人が不動産を含め一家の財産を引き継ぎ、他の子や配偶者は相続人とはなりません。したがって、他の子や配偶者の戸籍が必要とならないことから手続中に集めなければならない戸籍は比較的少なくなります。
 
 
 
3.隠居によって家督相続が発生する
 
 
ところで、この「家督相続」が発生する原因については、戸主が死亡したときだけでなく、生前の原因によって発生することがあり、その1つに「隠居」というものがあります。
 
「隠居」とは、戸主がその家督相続人に戸主の地位を承継させるために、自ら戸主権を放棄することをいいます。
 
現在の民法では相続の発生原因が死亡に限られていることや私たちがイメージする「相続」という言葉からは、「隠居」という死亡以外の理由で家督相続が発生することに少し違和感を覚えるかもしれませんが、旧民法では戸主が家の統率者として望ましくなった場合にも発生することとしており、戸主の生前に家督相続が発生する原因としては、「隠居」のほか、戸主が国籍を喪失した場合などがあります。
 
ちなみに、不動産登記の実務においては、隠居による家督相続があった場合には注意しなければならないことがあります。
 
前述のとおり、戸主が戸主である間に取得した財産は基本的にすべて「家」の財産であり、家督相続が発生した場合には、家督相続人が承継することになります。しかし、戸主であった者が隠居して家督を譲った後に財産を取得した場合、それは戸主として取得した財産ではなく家督相続の対象とはなりません。この場合は「遺産相続」という別の手続によることになります。
 
 
 
4.おわりに
 
 
相続制度はこれまでに何度も改正されており、相続手続を進める際には、その相続が発生した当時の相続制度を確認することが重要です。特に、不動産の名義が何代も前の所有者になっている場合の相続登記では旧民法の相続制度が適用される場面もありますので注意が必要です。